The Sticking Points in Modeling Tires

iRacing.com 共同設立者で CEO 兼 CTO である Dave Kaemmer が、最新ブログ記事でタイヤモデルについて書いていました。

iRacing.com | The Sticking Points in Modeling Tires (May 24, 2010)

時間おいてしまいましたが、以下に和訳して紹介します。
誤訳等お気づきになられた点がありましたらご指摘ください。
※2018/03/23: いくつか独自に段落見出しを追加しました。

タイヤモデル

タイヤは、最も学習すべきパーツのひとつであるにもかかわらず、ひょっとしたら最も理解されなかったパーツかもしれない。クルマが地面と接するための唯一のパーツなのだから、その振る舞いはクルマのハンドリングや路面へのグリップ、そしてどれだけ速く走れるかを決定する重要な要素であることは明らかだ。空気の入ったタイヤはとても古くに発明された。自転車が発明された1800年代に遡る。ジョン・ダンロップが発明した空気入りチューブをチャールズ・グッドイヤーが発明した加硫ゴムで覆ったタイヤは、木製フープに鉄を巻いたタイヤよりもずっと見た目が悪かった。現在では、故人の知恵によって発明されたゴムタイヤは、とてもよく理解されているだろう。人生のほぼすべてをタイヤを学習することに捧げたと冗談を言うのが好きだ。それ以外のものは、どんなものでもとかく極めて分かりやすく思う。言うまでもなく、多くの人はわたしの専門がタイヤ物理だと聞けば、すぐさま向きを変えて立ち去るか走り去るだろう。だから、取り組んでいるタイヤモデルについて、Steveがブログに書けと言ったときは信じられなかったよ。ちょっと時間がかかるだろうから、サンドウィッチ、それと濃いコーヒーを準備してから読んでくれ。

フォースのモデル化

タイヤモデルとは、そしてなぜそれが必要なのか。タイヤモデルはたくさんの数式にたくさんの数値を入れたものであり、どれだけ速くどの方向に向いて進んでいて、どのように接触してどれだけ角度が付いていて、タイヤがどのように力を発揮するのかを計算する。レーシングシミュレーションでは、さらにそこに多くのフォースモデルが必要だ。クルマに作用する空気をモデリングする空力モデル、サスペンションエレメントに影響されるスプリング&ダンパーモデル、駆動輪を回転させる力をモデリングするエンジン&ドライブトレーンモデル、回転している車輪を止める力をモデリングするブレーキモデル、レーシングシムの観点からはとてもシンプルで落下と地面との接触に関わる重力。すべてのフォースが分かれば、それらが複雑に入り組んだニュートンの運動方程式に放り込めば出来上がり。パーツの加速度を得ることができる。

動くものすべてがどこでどのようになっているのか、際立った瞬間を算出するには、動く物体の加速度を算出するために重要だ。すべての瞬間にどこに何があるのか知るために、そのちょっと前にそれがどこにあるのか、それがどれだけ速く動いたかを知る必要がある。ある短い時間の間にどれだけ速く動いたかが分かれば、そこから加速度を計算できる。その速さを知ればそれが今はどこにあるのかを計算できる(少なくともそれに基づいて推測できる)。分かりにくければ、どこにあるか知るためにどこにあるかを知る必要がある、というようなことだ。そうすれば完全に理解できる。我々を助ける 2つの事実もある。ひとつは、万物はスタートレックのようにテレポートすることがない(少なくとも素粒子よりも大きな物体は、予測不可能な位置に突然動くことはない)ということ。ふたつめは物体の速さはそこに加わるフォースなしに変わることはないこと。古代人はこれを知らなくて、これを分かるのに数千年がかかったのだから、頭が混乱しても大丈夫だ。

これが我々がシムレーシングにフォースのモデリングを必要とする理由だ。フォースモデルがどれだけ速度が変化したかの加速度を導き出してくれる。これらの加速度と、クルマとそのコンポーネントの持つ速さ、位置、これらを扱うことの繰り返しを1秒の間に無数に行うのだ。クルマとすべてのパーツをその正しい位置に描くことがある。それはとにかく基本的なことだ。フォースは遥かに急速に変化しているので、位置と速さがそんなに速く変化していない1000分の1秒といった間に計算する必要がある。精密なシミュレーションのために、こういったフォース計算をほんとに頻繁に行う必要があるんだ。そしてどんなシチュエーションでも正しいフォースを作り出す、よいモデルが必要だ。フォースの多くは案外シンプルだし、極めてシンプルにモデリングできる。そして例えば温度などによる補足的な複雑さも、極めて簡単にハンドリングできる。主たる2つの例外は、エアロダイナミクスとタイヤであり、その中でもタイヤのモデリングが最も難しい。

ほとんどすべてのフォースは主にクルマとそのパーツの位置と速度によって判明する。例えば、スプリングによるフォースはそれがどれだけ圧縮されたり伸張されているかによって一定だ。ダンパーによるフォースはダンパーがどれだけ速く圧縮されたり伸張するかによって決まるシンプルさがある。エアロダイナミクスフォースについては、元来込み入っていて、空気の速度と密度と小さな係数からきちんと計算され、それは空気の動きに関連したクルマの向きによってのみ決まる。重力はばかばかしいほどシンプルで、いつでも一定量のフォースが一定の向きに働いている。

タイヤフォース

タイヤによってもたらされるフォースはそんなに簡単な話ではない。タイヤが付いているホイールの位置と速度の他に、路面に対する向き(キャンバー)にも関連付けられる。それに、芝、コンクリート、アスファルトといったタイヤが触れている路面の種類にも左右されるし、タイヤの骨格となるカーカス形状、トレッド面のラバーコンパウンドの特性、膨張した空気圧、タイヤのあらゆる箇所の温度、トレッド面ラバーの磨耗、路面温度、どれだけ路面を押さえつけて縮んでいるか、どれだけ速くホイールが回転しているか、トレッドベルトがほんの少しでも剥がれているか、、、こんなにタイヤフォースって大変! 路面に水やクーラント、オイル、砂などがある状態については、ここでは止めておこう。

タイヤフォースを否応なく計測しようとしても、すべての値が一度に変化するので問題にぶつかります。どのタイヤ特性がフォース生成にどういった効果を持っているのかを究明することは、とても難しい。タイヤテスターで舵を切れば温度は急速に上がり、その熱はトレッドに伝わってその性格を変え、カーカスを歪め、ステア角とキャンバー角が変わる。大きなスライドアングルで何が起こるか見てみれば、タイヤが急速に磨耗し、温度が急上昇する(すごい音と煙は迫力だが)。これはよいタイヤモデルを見つけ出すには有益ではない。

-経験的/実証的モデルと理論的/物理学的モデル-

この問題に挑む方法はいくつかある。ひとつは、時間とお金の限り多くの条件(異なるスピード、荷重、空気圧など)でタイヤが生じるフォースを計測して、その計測値ができるだけ適合する数学的曲線を見つけること。これは観察や実験によることを意味する実証的モデルと呼ばれる。別の方法としては、これらの異なる条件におけるタイヤフォースを予測できるセオリーを見つけること。観念的に、このようなセオリーはいくつかの基本の計測だけで、多くの状況下に応じて精密なフォースを生成できる。これは理論的、または物理学に基づいたモデルと呼ばれる。

-長年使われていた経験的/実証的モデル-

数十年の間、自動車タイヤシミュレーションに使われてきた例を示す。最もよく知られた実証的モデルはHans B. Pacejkaによる”Magic Formula”タイヤモデルで、異なる荷重曲線による多くのタイヤのフォース曲線を減少させる「タイヤデータの無次元性」と組み合わせれば、特によい結果をもたらす。何年も経って、このモデルはとても多くの改良と向上があり、現在ではタイヤ企業はしばしばタイヤフォースカーブを識別するためにMagic Formulaモデルに充てるPacejka係数を使う。その改良は圧力諸表、荷重や温度変化他のモデルをもたらした。”The Brush Model”(ブラシモデル)や”Stretched String Model”(伸張弦状モデル)のような純粋な理論的タイヤモデルは少しシンプルすぎる傾向があり、実証的モデルでのカーブが実際には予測と合わない場合に使われている。

タイヤフォースカーブについてあまり説明しないでたくさん書いてしまったので、ひとつ図を紹介しよう。

Slip - Force Curve

タイヤに関するフォースカーブでいくつか興味を持ったが、これは最も重要なものであり、多くのことを示している。コーヒーはまだ 1杯しか飲んでいないだろう、まだ続けよう。このグラフには、路面に沿って平行に発生するタイヤフォースと、”slip”と呼ばれる量が現されている。このタイヤフォースは”longitudinal”と呼ばれる前後方向のフォース(加減速中)かもしれないし、”lateral”と呼ばれる横向きのフォース(コーナリング中)かもしれないし、両方のコンビネーションかもしれない。このカーブはどの方向でも、基本的に大体は同じ形だ。Slipはタイヤカーカスと路面との速度差を示している。縦の方向について、Slipはたいてい”percent slip”とか”% slip”と見なされる。タイヤカーカスが110mphで回転中にリアホイールがスピンしたとしても、路面に対する車速は100mphだったら、タイヤは10% slipしている、となる。横方向なら、車速100mphで進行していても、ハードなコーナリングによってクルマが進んでいる方向に対して 5度左を向いていたら、タイヤは 5度のスリップアングルがついている。縦横両方なら、タイヤは路面に対してスピンしつつ、トレッドゴムは接地していれば路面に引っ張られていて、接地面が路面から離れたら元の位置に弾けて戻る。Slipがグラフ右方向へと増えていってある量を上回れば、接地面はたいていその最も引っ張られているあたりからスライドを始め、そしてフォースがピークに達した後、Slipが増え続けてもフォースは減少へと転じる。

ある一定条件でのタイヤを表現したカーブがある。難しいのは、そのコンディションが変化すること(そしてその変化がいつも急激なこと)で、その都度カーブはその大きさや形が変わる。たとえばコーナーを走り抜ける場合、このグラフは最初と最後では異なるカーブを描くことになる。だからなぜ、どのようにこのカーブが変化するのかを解明する必要があるのだ。Slipカーブとフォースとの関係はほとんど同じ特徴を示すので、それをさらに注意深く見ていこう。

-フォースカーブの 3領域-

このフォースカーブには主に3つのゾーンがある。ひとつめは、緑で示した直線状に駆け上がるリニアな領域で、Slipが多くなるほどにフォースが増え、クルマはステアリングを切るほどに曲がる。一般道でのドライビングで常にこうあるべきだ。ふたつめは、黄色で示した、タイヤがスキール音を発生してステアリングがブレーキとしても影響する、Slipが増えてもフォースはあまり変化しない限界領域。みっつめは赤く示した右へ伸びている部分で、エキサイティングだが速くはなく、タイヤ表面からはゴムがはがれていくスケアリーなあまり好ましくはない領域。ここではSlip量に応じてフォースは減少している。実際のタイヤでそうかは置いておいて、黄色の限界領域の幅と赤いスケアリーな領域でのフォースが落ちていく具合がドライバビリティに対して大きな影響を与えることを、我々は何年もかけてシミュレーションで得た多くのフィードバックから発見した。レーシングシミュレーションがレースカーのハンドリング特性を適切に再現するためには、3つの領域を再現するタイヤモデルが必要だ。

-経験的/実証的モデルは限界を越える領域で役不足-

そう、ここで問題がある。ここで話題にしないドリフトに関して以外、たいていは避ける領域であるグラフの赤いスケアリーな部分についてはほとんど誰も関心がない。タイヤテストにおいてさえも、この領域はタイヤに大きなダメージを与える高価なテストでしかない。ほとんどの計測結果がこの領域に及ぶものではないので、タイヤフォースカーブの十分な計測結果といえるデータはとても少ない。

実験に基づいたカーブはリニアな領域と上限部の領域ではとてもよくフィットすることに気づくが、その好ましくないグラフの赤い部分ではデータとはあまりフィットしないものだ。しかしほとんどの場合はそれを必要とはしない。「当社のタイヤは好ましくないスケアリーな領域でとてもよいハンドリング」と言って販売するタイヤメーカーはないから。販売された旅客用タイヤで多くのテストを行ったウェットスキッドでの性能を売りにすることはある。スケアリーな領域の中でも、右端の最も低い領域でのタイヤロックや塗れた舗装路でのスライドといった測定データはとても多い。しかしそれはタイヤモデリングに対する小さな助けであって、タイヤ自体は舗装面に対して多くの作用を持つ。同様に、水もその領域を著しく変化させているので、そのデータは晴れた良いコンディション用としては使えない。

限界領域についての考察は、限界領域で何が起こっているかによって得られる。タイヤのトレッドラバーが引っ張られているリニアな部分とスケアリーな部分の両方でのタイヤの振る舞いこそが、限界領域で起こっていることなのだから。限界領域は、スリップを増やしたときのリニアな領域とスケアリーな領域とがミックスされた結果だ。我々はスケアリーな領域を本当には理解できていなかったし、限界領域も然り。それほど大昔ではないが以前から、わたしはそのスケアリー領域にずっと注目していた。昨年、我々は大きなスリップアングルと多くの速度・荷重・空気圧の組み合わせでタイヤがどう振る舞うのか、テストでコンパウンドや構造の異なるかなりの数のタイヤを破壊して前進を見た。いくつかの良いデータを得ることができた。あれからずっと要約しているところだが、いくつかの理にかなったセオリーをベースにしていて、なおかつ我々の計測データの一部ではなくすべてにおいて同じカーブを生成するタイヤモデルを作り出せたことをお伝えする。

タイヤを構成するピースに分解して理論的/物理学的モデルへ

他にも良いニュースがある。リニアな領域はたくさんテスト測定されて研究されてきた。荷重、空気圧、キャンバー、トレッドゴム特性、タイヤカーカス形状と硬さ、トレッドパターン、トレッド温度、トレッド磨耗、速度、等々と、とても複雑に入り組んでいるにもかかわらず、それは理解可能なピースに分解することができ、理論的なモデルへと進捗している。それはかなり長い間わたしが取り組んでいたことだ。これで、わたしはタイヤのフォースカーブにおける 3つの領域すべてに理論的で良くできたモデルが出来上げることができたと思う。

1回の実験で立証したモデルだけでやればもっと簡単ではないのか。あぁ、モデルを構成するのは簡単なのだが、数々の条件下で正しい特性を持つように調整するのはとても複雑なんだ。実証モデルは、例えば旅客車として推奨される空気圧と高速道路での速度以下で、といった固定的な条件下ではよく働く。しかし、大きな温度変化、空気圧変化、エアロダイナミクス・ダウンフォース、高速で大きな荷重、バンクしたレーストラック路面、縁石などと関わるレーシングにおいては、それらでは役不足だ。必要なすべての条件でそれらをテストするには、とても多くの測定結果、そして高価なタイヤ費用がかかる。適切な理論モデルというものは、レーストラックでおかしな状況でも道理にかなった反応が求められ、レーストラックごとにとても時間がかかってしまうのだ。

最後に、それが何を意味するのか。そうだな、これを完結させることで、iRacingでレースカーをドライビングするのが現実以上になれば、そしてそれぞれのマシンに適したタイヤを付ける仕事が容易くなれば。その上同様に他のフォースモデルについても、いくつか向上をもたらすことができれば。そしてレーストラックで起こる事象について、より実態を提供できれば。そうして、世界で最も素晴らしいこのスポーツの楽しみを増やしていけるといいね!